目次へ戻る

 

広瀬隆氏らを侮辱し支離滅裂な内田樹氏

2011511

宇佐美 保

 

 以前、内田樹氏のホームページ(だったかしら?)を訪ねて感銘しましたので、「内田樹 街場の原発論」を掲載した『サンデー毎日(2011.4.24号)』を期待を込めて購入しました。

そして、裏切られました。次の前置きから始まる内田氏の今回の御見解は支離滅裂でした。

東日本大震災をターニングポイントに──

3月末神戸女学院大教授を退官した思想家、内田樹氏(60)が語りおろす「街場の原発論」。

福島第1原発をめぐる問題の根源を見つめることは、あまりにも危機管理に欠ける日本の社会システムを変える契機になると説く。

 

 

 次からは内田氏の見解を全文引用させて頂きたいのですが、氏の見解は抜粋的に紹介させて頂き、内田氏の非難の対象者(反原発派)に当たるであろう広瀬隆氏(『原子炉時限爆弾 広瀬隆著 ダイヤモンド社:2010826日発行』よりの抜粋)、更には、内閣府安全委員会専門委員等をつとめ、現在は中部大学教授であられる武田邦彦氏の御見解(『原発事故残留汚染の危険性 武田邦彦著 朝日新聞出版:2011.4.0発行』からの抜粋)をより多く掲載させて頂こうと存じます。


 

 それでも先ずは、内田氏の御見解です。

……

 人間は失敗から学びます。でも、震災は天災であって、失敗ではない。原発事故は違う。これは人災です。ここから何を学ぶかは日本の未来にとつて死活的に重要なことだと僕は思います。この人災から学ぶべきことを学べば日本に未来はある。学ぶべきことを学ばなければ、未来はない。それくらいに決定的なシステムの破綻だと思います。

 これはシステムの破綻であって、個人の資質の問題ではありません。格別に愚劣で邪悪な人間がいて事故を起こしたわけではない

当事者全員が粛々と自らに割り当てられた職務を遂行していたにもかかわらず、というよりは「それゆえにこそ」これだけ大規模な災害が生じた。それは私たちが採用していたシステムそのものが本質的な欠陥を抱え込んでいるということです

……

 

 

 この部分に関しては、武田氏の次の記述を掲げさせて頂きます。

いつの間にか原子力の体制が変わったこと

 ……日本では「原子力委員会が原子力を推進」、「原子力安全委員会が安全だけを考えてブレーキを掛ける」というシステムだったのです。

 さらに、日本では、原子力委員会の委員長は閣僚(科学技術庁長官)がなることになっていました。それでも、原子力委員会は、絶対に原子力安全委員会の制限を守らなければならないというシステムだったのです。

 ……原子力委員会と原子力安全委員会という、理念的な機関ではまどろっこしくて機動性がないので、現場は不満に思うようになりました。

 簡単にいえば、どうせ委員会の学者がやることだから遅いのは仕方がない。それならそれを改革するより別組織を作ってしまえということになり、国民から見れば、「いつの間にか」経済産業省に「原子力安全・保安院」というものができたのです。

 ……

 著者の経験では、原子力安全委員会でも、保安院がいったい、どのようなことをやっているか、委員長などでなければわからなくなったのです。

 たとえば、原発が事故を起こしても、保安院のほうで問題をさっさと片づけるので、原子力安全委員会の部会などには報告がありません。

 福島原発の事故でも、対処する中心であるはずの原子力委員会と原子力安全委員会は登場してこないのです。ちなみにアメリカでは事故後、テレビに登場したのはアメリカの規制委員会 (日本の安全委員会に当たる)の委員長でした。

……

 

 

 この武田氏の記述から分かる事は、日本に於いては理想的なシステムを採用しても、安全を蔑ろにして驀進してきた原子力行政だったのです。

システムの問題ではなく、人間の問題なのです。

 

 ここで、拙文≪脱原発≠考えないと!≫の一部を再掲いたします。

 

 

 何しろ『週刊現代:2011.5.7.14号』「佐高信×寺島実郎 この国はどこで失敗したのか」中で、次の記述を見ます。

 

佐高 これは中曽根自身が『政治と人生』という自伝のなかで書いていますが、原発に慎重な学者が待ったをかけようとすると、やはり札束が動いたらしい。それこそ、そういう学者のほっぺたを札束で叩いてやるんだと。ただし、これは一緒に原発を准進してきた稲葉修(元法相)の言葉だと弁解してますけど、まあ似たようなものでしょう。そういうふうに札束でほっぺたを叩くようなやり方で進めてきた結果が今回の惨事じゃないでしょうか。

 

 このように「ほっぺた(何も学者のほっぺただけではありません)を札束で叩いて」原発行政を強引に推し進めて来た中曽根氏又それに続く自民党の政権の方々の責任問題を考慮すべきなのです。

 

 

 内田氏の記述に戻らせて頂きましょう。

想定外」の津波で被害を受けた福島第1原発は放射性物質を撒き散らし続けている。原子炉を冷却するために水を注入するものの、その結果、放射性物質に汚染された水を海に流さざるを得ないジレンマを抱えた。原発の「安全神話」は建屋とともに完全に吹っ飛んでしまった。

 

 

 内田氏は東電が持ち出した「想定外」なる言葉をいとも簡単に受け入れて居られます。


では武田氏の記述はいかがでしょうか?

マグニチュード90の真実

 

 二〇一一年三月一一日午後二時四六分、三陸沖を震源とした大きな地震が起こりました。

最初はマグニチュード79とされましたが、その後、度々、訂正されて最終的にはマグニチュード90となりました。

 かなり大型の地震ですが、三陸沖ではおよそ一〇〇年に一度程度の割合でマグニチュード8クラスの地震が起こっています。したがって、このような地震が三陸沖に発生するということ自体は、それほど珍しくはありません。

 昔の地震のマグニチュードの計算は、日本の国内の揺れを参考にしています。それに対して今回の計算値が、マグニチュード79から90に上がったのは、世界各地の観測データも加味して修正したからです。

 さらにいえば、従来、気象庁が出していた日本独自の「気象庁マグニチュード」(Mj)から、世界の標準的な「モーメント・マグニチュード」(Mw)に変更した最初のものでもありました

 

 そのために、見かけは90と大きくなっていますそして、その数字に私たちは驚いてしまいますが、従来の見方からいえば、最初の修正値である84程度の地震であったといえます少し詳しく記録しておきますと、最初の発表は二〇一一年三月一一日でマグニチュードは79だったのですが、三月一三日の一五時にNHKが「東北関東大震災について気象庁は観測データを詳しく分析した結果、地震の規模を示すマグニチュードを90に修正した」と報道しました。その前には、8.48.8といっていましたから、修正は三度におよんだのです。

 また、この地震では多くの人が、津波に流されて甚大な被害を受けました。町全体が壊滅したところもあり、声にもならないくらいの衝撃を受けました。

 でも、およそ一一〇年前の八九六年に起こった明治三陸地震のときの津波の記録を見ますと、一五メートルから三八メートル程度ですので、今回の津波が飛び抜けて大きいということはありませんでした

 この本では事実を「過大」にも「過小」にも書かないことをモットーとしていますので、冷静に考えると、二〇一一年三月の東日本大震災の元となった地震と津波は一〇〇年に一度起こる三陸沖地震のうち、「やや大型のもの」ということができるでしょう

 まったく想定できない巨大地震とはいえないようです。

 

 

 内田氏ともあろう方が簡単に東電の思うままに操られておられるのが意外です。

更には、内田氏が次の記述のように東電の本質を御理解して居られないのにビックリしました。

 東電は営利企業です。企業の本性として、いかにしてコストを下げるかをまず配慮するのは当たり前のことです。「想定外」の出来事を勘定に入れて備えをすれば、それだけ安全コストが増えて、企業の利益は減る。だから、設備の安全性を過大評価し、リスクを過小評価するのは、企業の体質なのです。それを責めても始まらない。そうではなくて、リスクと安全性を判断する仕事はもともと営利企業に委ねてはならなかったという自明のことを確認すべきなのです。

 

 

 内田氏は少なくとも「東電は営利企業として原発を推進してきた」と認識されておられるのでしょうか!?


この件について広瀬隆氏の著作から引用させて頂きます。

闇に葬られた秘密報告書

 

【図2】は、日本が商業用の原子力発電を始めることを決定した翌年、一九六〇年四月に科学技術庁の委託を受けて、日本原子力産業会議が科学技術庁原子力局に提出した極秘文書の表紙である。

報告書の標題には「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」とある。この当時、わが国最初の商業用原子炉として計画が進められていた茨城県の東海発電所で最悪の大事故が起こった場合に、どれほどの被害が発生し、日本政府がその被害を補償できるか、保険会社がそれを引き受けられるかどうかを、真剣に検討したものである。

 

 秘密報告書であるから、沖縄返還における外務省の「核密約」文書と同じように、私たち国民はまったくその内容を知らされずに今日まできたが、私の知る限り一度、この秘密報告書の存在を毎日新聞が報道した【図3】。この一九七四年の報道では、これを書いた日本原子力産業会議にその存在を確認しても、外務省と同じように「報告書はない」とシラを切ったという。

 しかし後日、私はこの分厚い実物コピーを入手したので、読んでみると、彼らの考え方が分った。

日本政府は、大量の死者が出るという、あまりにおそろしい被害が予測されたため、国家ぐるみで、その報告書を闇に葬ったのである。こうして戦時中に大日本帝国の軍部が国民に「勝利! 勝利!」と連呼して悲惨な特攻作戦に導いたと同じように、国が国民をあざむく作業が、戦後の原子力産業でスタートした。その秘密の作業の中心にいたのが、東海村の原子炉導入に奔走した白洲次郎であった。このようなおそろしい人間をみなで持ち上げるのが、現代のマスコミのつとめのようだ。

一六頁の【図4】は、その報告書に掲載された被害予測図である。地図の下に、「物的損害は、(気象条件によって)最高では農業制限地域が長さ一〇〇〇km以上に及び、損害額一兆円以上に達しうる。」と小さく書かれており、東海村からの半径が同心円で示されていた。つまり図にやや濃く描いた円内の矢印範囲は、農業ができない地域になる。日本全土で農業ができないのだから、日本人が日本列島に住めないと考えてよいだろう。全員が被害者になるのだから、この問題で論争をしたり、推進派と反対派を色分けしたり、自分がどこの都道府県に住んでいるかによって安全か危険かを判断する人間は、よほど知恵が足りないということになる。

 この事故の条件は、出力一六・六万キロワットの東海発電所で大事故が発生し、わずか二%の放射能が放出された場合を想定して、日本全土が壊滅する、という結論であった。実際の原発事故では、わずか二%の放射能放出は、小さすぎて考えられない数値である。報告書をくわしく読むと、放射能被曝の知識から見て、間違いなく起こる白血病や骨腫瘍、白内障のように重要な疾患を除外したり、被災者に対する補償は死亡者に八五万円、立ち退き農家に三五万円と、ゴミのような金額を列挙して、国民が見れば誰でも怒り心頭に発するような内容だが、それでも大量の死者を予想し、半世紀前の金額で、損害額が一兆円を超えると見積もっていた。

 この解析モデルとなった東海原発は、報告書から六年後、一九六六年に実際に日本の商業用原子炉第一号として運転を開始して、今から一二年前の一九九八年に廃止された小型炉である。二〇一〇年現在、日本に商業発電用の原子炉は五四基あるが、その出力は、どれもがその数倍から一〇倍近くに大型化している。

 大事故があれば発電所内の電源系統が断絶され、同じ敷地内に林立する原子炉が連鎖的に事故に巻きこまれると予測されるので、現在の原発大事故では、秘密報告書とは桁違いに大量の放射能が日本全土を覆って、どのように控えめに評価しても、被害額では楽に数百倍の数百兆円を超える。気象条件によって被害範囲がどこまで広がるかは誰にも予測できないが、広大な地方が消えることだけは間違いない。その時、おそらく日本という狭い国家は「放射能汚染地帯」の格印を押されて世界貿易から取り残され、経済的にも激甚損害を受けて廃嘘になると考えるのが、最も妥当な推測だろう。したがって、被害額は誰にも計算できない天文学的な数字になる。

 このような原子力災害の賠償責任は、当然のことながら、原子炉を運転する電力会社にある。しかし先の秘密報告書は、原子力災害対して保険会社がその被害額を支払えるかどうかを検討することが目的で書かれ、結局、それを支払えないことが明白になった。そのため電力会社は、日本国内の損害保険会社などがつくつた「日本原子力保険プール」に加盟して、原発一基あたり三〇〇億円までしか保険で賠償金をまかなう義務がないということになっている。つまり賠償責任には上限があって、この保険を超える損害に対しては、政府が国民の税金で補償することになっている

 国民の被害を国民が補償する? おかしな制度である。被害は楽に一〇〇兆円を超えると予想されるのに、そのうち一二〇〇億円しか、電力会社は責任を持たないでよい、一〇〇〇分の九九九は、被害者の国民が自分で勝手に払えと定めているのが、日本の法体系である。誰も支払えない巨額だから、ごく自然な、道理にかなった取り決めである。ただ、責任者である電力会社が、その被害補償もしないでよいという条件で原子炉を運転していることを、国民がまったく誰も知らない今、事実を知った読者が「電力会社は、無責任なまま運転してよい」と納得するかどうかは別問題である。

ご自分の胸に、尋ねられたい。

 

 

 「責任者である電力会社が、その被害補償もしないでよいという条件で原子炉を運転していることを、国民がまったく誰も知らない」との広瀬氏のご指摘を内田氏はご存じの上で、「東電は営利企業です。企業の本性として、いかにしてコストを下げるかをまず配慮するのは当たり前のことです。……リスクを過小評価するのは、企業の体質なのです。それを責めても始まらない。」との御見解でしょうか!?

 

 又、拙文≪原子力発電は安価≠フ欺瞞≫に引用させて頂きましたように、大島堅一立命館大教授の御見解は、“事故に伴う被害と被害補償は原子力発電は莫大となるが、料金原価には不十分にしか反映されていない”です。

 

この事は、広瀬氏の“「日本原子力保険プール」に加盟して、原発一基あたり三〇〇億円までしか保険で賠償金をまかなう義務がないということになっている。”なのだと思います。

今回の福島原発の事故補償が、この賠償金の範囲で収まらない事は明らかです。

賠償責任を果たせない企業に対して、“リスクを過小評価するのは、企業の体質なのです。それを責めても始まらない”の論は通りません!

 
では又、内田氏の見解です。

 本来、電力会社といかなる利害関係も持たない専門家が純粋に専門的な見地から原発の安全な管理運営のルールを制定すべきであった。

 でも、そのような「専門家」は機能していなかった。

考えれば当然のことです。

大学の原子力工学科を卒業した人間には電力会社に入るか、大学で原子力工学を教えるしか仕事がないんですから(その大学の研究費の多くを電力会社が負担しています)。原発のリスクを語ることは、学者たちにとって自身の「生計の道」を閉ざすことになる。「原発がなくなると失業する人間」に、原発の安全性について議論させること自体が間違っている。

 

 

 ここでも全く内田氏は支離滅裂です。

 

東電がまともな企業なら、“「原発がなくなると失業する人間」に、原発の安全性について徹底的に議論させより安全な原発に改良して行くべきです”

その為には、“反原発派の方々の意見も進んで取り入れ、それに対処できる方法を原発派の方々が開発して行く体制とすべきです”

 

 

 例えば、拙文≪復興は平和の礎(東京電力、マスコミと検察)≫から、その一部を再掲いたします。

 

日本共産党福島県委員会から2007724日に東京電力株式会社(取締役社長勝俣恒久 氏)宛てに出された「福島原発10基の耐震安全性の総点検等を求める申し入れには次のように書かれているのです。

 

 

……中越沖地震から教訓として何を取り入れて対応したのか、また対応しようとしているのか。その上に立って、福島原発10基の耐震安全性を総点検すること

……

福島原発はチリ級津波が発生した際には機器冷却海水の取水が出来なくなることが、すでに明らかになっている。これは原子炉が停止されても炉心に蓄積された核分裂生成物質による崩壊熱を除去する必要があり、この機器冷却系が働かなければ、最悪の場合、冷却材喪失による苛酷事故に至る危険がある。そのため私たちは、その対策を講じるように求めてきたが、東電はこれを拒否してきた

 柏崎刈羽原発での深刻な事態から真摯に教訓を引き出し、津波による引き潮時の冷却水取水問題に抜本的対策をとるよう強く求める。

 

 

 更には、先の広瀬氏の著作には次の記述を見ます。 

 実はこの最終原稿を書いている最中の二〇一〇年六月一七日に、東京電力の福島第一原子力発電所二号機で、電源喪失事故が起こり、あわやメルトダウンに突入かという重大事故が発生したのだ

日本のマスコミは、二〇年前であれば、すべての新聞とテレビが大々的に報道しただろうが、この時は南アフリカのワールドカップ一色で、報道人として国民を守る責務を放棄して、この深刻な事故についてほとんど無報道だった。ショックを受けた東京電力がくわしい経過を隠し、それを追及すべきメディアもないとは、実におそろしい時代になった。そもそもは、外部から発電所に送る電気系統が四つとも切れてしまったことが原因であった。勿論、発電機も原子炉も緊急停止したが、原子炉内部の沸騰が激しく続いて、内部の水がみるみる減ってゆき、ぎりぎりで炉心熔融を免れたのだ。おそろしいことに、この発端となった完全電源喪失の原因さえ特定できないのである。この四日前の六月一三日に福島県沖を震源とするかなり強い地震が原発一帯を襲っていたが、それが遠因なのか? いずれにしろ、事故当日には地震が起こっていないのに、このような重大事故が起こったのだから、大地震がくればどうなるか。

 

 

 先の申し入れの「津波による引き潮時の冷却水取水問題に抜本的対策をとるよう強く求める」を、又、「二〇一〇年六月一七日の電源喪失事故」を東電が真摯に受け止め、津波問題、電源喪失問題を徹底的に見直していたら今回の大事故は避けられた筈です。

 

原発に携わる場合には「いい加減」は許されず、常に他人からの指摘に謙虚に耳を傾けるべきです。

 

 

 そして更に、内田氏は呆れる論を展開します。

クールで計量的な大人の議論なし

 

 原子力はきわめてリスクの高いテクノロジーです。

にもかかゎらず、その管理運営にかかわっている人たちのほとんどが「原発のリスクを低く見積もること」から利益を得る立場にあった。これは属人的な無能や悪意の問題ではありません。そのような人間だけに管理運営を委ねたシステム設計のミスです。

 他方に原発そのものを悪とみなす原理主義的な反原発派がいます。彼らはそもそも「原発の安全な管理運営」というトピックには興味がない。原発の安全操業のためにはどういうテクニカルな工夫がありうるのかという議論そのものが「まず原発ありき」を意味していると彼らは考えます。……

 

 内田氏は広瀬氏を侮辱されておられませんか!?

(後に引用する部分には 大人の」議論が主題的に論じられることがないままに事態がここまで来てしまった。”とも書かれておられます)



広瀬氏の著作には次の記述も見られます。

柏崎刈羽原発は大事故が起こる危機一髪のところまで進んでいたのである。

 

 変圧器火災でメルトダウンの危機に

 

 二〇〇七年七月一六日の午前一〇時一三分に地震発生後、原子炉は自動的に制御棒が挿入される緊急停止(スクラム)となり、運転中の三号機、四号機、七号機と、起動中の二号機の原子炉全四機が緊急停止した。しかしこのあと、運転中に二八〇℃の高温に達していた原子炉内の温度を、水が沸騰する一〇〇℃以下に下げなければならなかった。これを冷温停止と呼んでいる。地震から九時間以上あとの一九時四〇分(夜八時前)に二号機が冷温停止。三号機が二三時七分(深夜一一時過ぎ)に冷温停止。七号機が翌七月一七日をまわった深夜の午前一時一五分に冷温停止。四号機が午前六時五四分に冷温停止して、すべて冷温停止状態となった。つまり地震発生直後のスクラムから丸一日近い二〇時間四一分後であった。

 しかし、原発は発電を停止しているので、これらの冷却操作をするのに、外部の電気を必要とする。外部の電気を発電所内に送りこむ時、適正な電圧に調整する装置が変圧器である。その変圧器が火災を起こしていたので、油火災に水をかけようとし、消火に二時間も要した。こうして非常用発電機を動かして、かろうじて冷温停止に成功した。

 しかし、原子炉が停止した、つまり制御棒を入れて核分裂が止まったから安全に停止したという説明は、原子力のド素人でなければ言わないことである。一九七九年に起こったアメリカのスリーマイル島の事故では、原子炉に制御棒を入れてから、メルトダウン(炉心溶融)という最悪の事故が起こったのだ。その原因となるのが「崩壊熱」である。その熱はどこから出て来るのか。

 崩壊熱とは、ウランの核分裂によって生まれた放射性物質が永久に出し続ける熱なので、原子炉を停止した後、燃料棒は崩壊熱を出し続ける。……したがって放っておけば水はどんどん沸騰して、手を打たなければメルトダウンに突っこんでゆく。それを食い止めるには、電気系統で制御していかなければいけない。ところが、柏崎の火災は変圧器、つまりその電源系統に火災が起こったのだから、深刻な意味を持っていた。

 元経団連会長でこのとき日本原子力産業協会会長として危険なプルサーマル運転の旗ふり役をつとめていた今井敬が、柏崎の変圧器の出火について、「原発と直接関係ない。大事故にはつながらない」と、原発に電気を送る変圧器が火事になっても大丈夫と発言したことも、読者は記憶しておかれるとよい

 このように原発がすべてストップし、一切の発電機能が失われた状態で、非常事態を回避するために必要なのは、新潟現地・東北電力から送られる外部電源だったが、一帯の送電線がすでに遮断され、停電になっていたのだ。そのうち原発への送電が「かろうじて生きていた」ため、幸運にも送電することができた。しかし緊急時に最後の頼みの綱となるのは非常用ディーゼル発電機だが、今回の地震では非常用発電機用の燃料タンク周辺の土地が陥没していたのだ。もし非常用ディーゼル発電機が起動しなければ、そしてそのような事態に対するバックアップ機能が地震のため働かなければ、日本が終っていたのだから、よく助かったというのが、運転員たちの正直な心情であった。

 

これほどの大事故直前にあったことを報道した新聞やテレビが、日本にひとつでもあったのだろうか? しかもこれは、中地震だったのだ

 定期検査中で稼働していなかった六号機では、原子炉建屋の四階天井にあった大型クレーンがとんでもないことになっていた。地震発生時、原子炉の真上にあったクレーンの移動用鋼鉄製で、太さ約五センチの車軸二本が破断し、継ぎ手(ジョイント)も破断した。……クレーン使用中に大地震が来れば、間違いなく大事故になることが明らかになった。

 そのほか、発電所の敷地は、どこも波うったり、地盤沈下が至るところに見られ、よくこれで耐えたと思われるギリギリの惨状であった。地震から一〇日後の七月二六日までの集計で、延べ一二六三件のトラブルが発生していたと、東京電力は発表した。その後も、この数は増え続けた。

 

 

 このように警告される広瀬氏を内田氏は「原発そのものを悪とみなす原理主義的な反原発派」と称されるのでしょうか!?

 

 

 更に内田氏の論です。

 そんなふうにして、「原発のリスク管理」についてはできるだけ考えたくない推進派と、「安全操業」にはまるで関心のない反対派だけが存在して、その中間がいなくなった。原発はきわめて危険なテクノロジーであるので、「今ここにある原発」のリスクを抑制するために最大限の技術的工夫をしなければならないという非教条的な、純粋に技術的な議論のための居場所がなくなってしまった。クールで計量的な知性による「代替エネルギー開発までのつなぎ方」や「段階的廃炉」といった「大人の」議論が主題的に論じられることがないままに事態がここまで来てしまった

 問題は多いが、今はこれしか手元にないので、とりあえずそれを何とか使い延ばすというものは原発以外にもたくさんあります(国民国家とか代議制民主主義とか一夫一婦制とか)。いずれ廃棄するとしても、今急にはできない事情がある。とりあえずは手持ちのものでなんどかやりくやしながら、一個ずつ部品を取り換えるように、時間をかけて全体を変えていく。そういう制度改良の知恵を日本人は失ってしまった。正しいか、間違っているか、イエスかノーか、all or nothing で問題を論じることに慣れて、日本人は常識的な現実感覚を失ってしまった。原発事故を生み出したのは、この幼児的な「善悪二元論」のマインドだと僕は思います。

 

 

 先の広瀬氏の御指摘を「「大人の」議論が主題的に論じられることがない」と内田氏は認識されるのでしょうか!?

 “幼児的な「善悪二元論」”を振り回しているのは内田氏ご本人ではありませんか!?

先の『原発事故残留汚染の危険性』を書かれた武田邦彦氏は、氏の著作の中で、”私は、「安全な原子力の推進派」、そして「不安定な原子力反対派」”と宣言されておられます。

 

 内田氏は、“何とか使い延ばすというものは原発以外にもたくさんあります”とのんきな事を書かれておりますが、「地震は待ってくれますか!?


先の広瀬隆氏の著作『原子炉時限爆弾』は、2010826日に発行され、その所の初めには次のように書かれておられます。

そこで初めに、執筆の動機について述べておきたい。私は本書で、大地震によって原発が破壊される「原発震災」のために日本が破滅する可能性について、私なりの意見を述べる。しかもそれが不幸にして高い確率であることを示す数々の間違いない事実を読者に見ていただくが、内心では、そこから導き出される結論が間違っていることを願っている。

 

 

 そして、広瀬氏の心配を半年も待ってはくれずに、福島原発事故が発生したのです。

次の「原発震災」は当分来ないと内田氏は断言できますか!?

なのにまだ、内田氏は次のようにほざきます。

日本のエリートたち、政治家も官僚も東電の経営陣も、まったく危機管理能力を欠いていたことが明らかになりました。繰り返し言うように、これは彼らが個人的に無能だということではなく、危機管理能力のない人間たちにシステムの管理運営を委ねるようなシステムを私たちが採用してきたことの帰結です

 

 

 何と浅薄な内田氏の帰結なのでしょうか!?


そこで、私達全員の反省を込めて、武田氏の著作の最後の部分を転載させて頂きます。

お わ り に

 

 本を書き上げて脱稿するときには、いつも書いたことの余韻が残っていて、それを文章にします。

 しかしこの本だけは、そういう気分にはなれません。

 私も長い間、原子力に携わってきました。それは、原子力こそが未来のエネルギーであり、日本の将来にとって必要なことだと確信をしていたからです。

 しかし、今回の福島原発の事故は、原子力に携わってきた者にとっては、大きな衝撃でした。衝撃というよりも、これまで原子力が日本社会に貢献してきたことを全部覆すぐらい大きなことでした。

 私が平成一八年(二〇〇六)に理解したことは「地震で倒れることがわかっている原発」をつくつているということです。そして、このような状態ではやがて原子力はダメになってしまうのではないかとの危倶が、今回の福島原発事故で本当になったことに唖然としたのです。

 しかし原子力に携わってきた人たちはどのような思いでいるのでしょうか。

 私はテレビに出てくるよく顔の知った人たちを見て、この事故の大きさをよく認識しておられないのではないかと思いました。

 私たち (原子力関係者) は失敗したのです。

 私たちの考えは間違っていたのです。

 私たちが今まで正しいと思ってきたことは間違っていたのです。

 

 そのもっとも大きな原因は、「私たちが考えた範囲で安全なら良い」という倣慢な心、原発の付近にいる住民の健康を考えなかったということです。

 日本の原子力技術は世界に誇るものであり、きわめて安全に運転できるのです。しかし技術が社会に貢献するためには、技術レベルだけではダメだということを今度の福島原発の事故は示しました

 辛いことですが、現場で頑張った人を褒めてはいけません。これまで原子力で重要な職にあった人をテレビに出してはいけません。

 私たちは失敗したのですから。

 もしかすると今度の事故は、原子力というものを日本人が利用してはいけないということをいっているかもしれません。

 人間が想定する大きさの自然災害だけを守ることができ、それを超えるものは今回のような事故になるのですから、私たちは原子力を使うことができないことになります。ディーゼル発電機を遠くに置いておけばよかったという話ではないのです。

 私が技術に人生をかけたのは、技術の力で日本に貢献したいということであり、日本人を苦しめようと思ったわけではありません。

 しかし結果的には、多くの人を苦しめる結果になりました。

 私たちは今後、どんなことがあっても「科学的に間違っていること」を許さない強い信念が求められるでしょう。

二〇一一年四月一日
武田邦彦

 

 

更に、内田氏は「エリート論」を展開されておられますが「愚論」なので、割愛させて頂きます。

そして、少しカットさせて頂き次の“内田氏が震災の5日後にブログで「被災地への救援活動を効率的に実施するためにも、被災地や支援拠点となる東北関東の都市部から、移動できる人は可能な限り西日本へ移動することを勧めたいと思う」と呼びかけは波紋を広げ、バッシング受けた”件に関しての内田氏の記述です。

「想定外」を考えて生き延びよう

……

 安全なのか危険なのか、素人だから「わからない」というのが当然でしょう。

「誰の言うことを信じていいかわからない」という情報環境に日本人は投じられました。どうしていいかわからないときには、直感的に自分で判断して行動するしかない

 ことリスクに関しては、リスクを過大評価して失うものと、過小評価して失うものでは、失うものの桁が違います。「想定外のこと」が起こるかもしれないと思っている人間の方が、「想定外のこと」は起こらないと思っている人よりは生き延びる確率は高い。単純な話です。

 

 

 こう述べる内田氏は、“原発の危険性が理論的には分からないが、直観的に危険性を感じるので反対だ!”と言う方々を「原発そのものを悪とみなす原理主義的な反原発派」と非難されるのでしょうか!?

 

 余り長くなりましたので、この辺で次に移らせて頂きます。

目次へ戻る